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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)1018号 判決 1964年6月30日

控訴人 (附帯被控訴人) 阿部常吉

右訴訟代理人弁護士 大塚俊勝

被控訴人 (附帯控訴人) エム・ユソフ

右訴訟代理人弁護士 平林真一

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し原判決末尾目録記載の建物を収去して原判決主文記載の土地三二坪一合一勺を明渡し、昭和三二年五月三〇日から昭和三三年一月末日までは一ヶ月金八、七五〇円、同年二月一日から右収去明渡済に至るまで一ヶ月金九、九八六円の割合による金員を支払うことを命ずる。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

本判決は、被控訴人において、建物収去土地明渡の部分については金五〇万円、金員支払の部分については金一五万円の担保を供するときはそれぞれ仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、当裁判所は、被控訴人が昭和二六年三月一九日訴外中一男から同人所有の本件買受宅地を買受け同月二三日その旨の所有権移転登記を経由したこと、しかし被控訴人はパキスタン人であり右宅地所有権の取得は本件政令第三条第一項第二号但書の「自己の居住の用に供するため通常必要なる」場合に該当しないので、被控訴人が右取得につき外資委員会の認可を受けていない以上同令第四条により右所有権の取得は無効であること、本件政令が改正されパキスタン人は右政令の適用範囲外となつたけれども、控訴人主張のような無効行為の転換により前記売買による所有権の取得が右改正政令施行の時から有効となるものではないこと、被控訴人と訴外中が昭和三二年五月二九日前記売買を追認したこと、しかし右売買とこれに伴う所有権の移転は本件改正政令施行の時まで遡及せず右追認があつた昭和三二年五月二九日新たな売買をなしたものとして所有権移転の効果が生じたことをそれぞれ認定する。そしてその認定の理由は次の(1)ないし(6)の判断を附加する外原判決理由に説示するところと同一であるから、ここにこれを引用する。(ただし原判決七枚目表四行と八枚目一〇行の第一号を第二号、七枚目裏二行目の法律所為を法律行為と訂正する)。

(1)  印度人は居宅と事務所を同一建物にするとの風習があり被控訴人は右建物を建築するため、すなわち「自己の居住の用に供するため」本件買受土地を買受けたとの被控訴人主張に副う≪証拠省略≫並びにさきに引用した原判決認定の本件買受当時の被控訴人の居宅並びに事務所の事情に対比するときは、たやすく信用することができず、その他本件買受土地の取得が本件政令第三条第一項の外資委員会の認可を受けることを要しない「自己の居住の用に供するため通常必要と認められる」ものであるとの立証がない。

(2)  被控訴人は甲第一号証の外資委員会の事務を取扱う日本銀行神戸支店の証明によつて本件買受土地の取得につき本件政令第三条第一項の外資委員会の認可を受ける必要はないと主張するが≪証拠省略≫によつて明かなように当時外国人がその取得につき右政令第三条の外資委員会の認可を受ける必要のない不動産の所有権取得の登記をなすに必要な証明にすぎず、右証明によつて外資委員会の認可を要する財産の取得が認可を要しないものとなるわけではない。したがつて被控訴人の右主張は採用できず又右主張を前提とする、控訴人が本件買受土地の取得の無効を主張するには先ず外資委員会のなした行政行為の無効を訴求すべしとかその出訴期間が徒過され行政行為は確定したとの主張もこれ又採用できない。

(3)  被控訴人は本件政令第二五条に規定する場合にのみ財産取得行為は遡つて失効し本件買受土地の売買は右の場合に該当しないと陳述し、その主張するところ明確を欠くが、右第二五条は右政令施行前の財産所得に関するもので右政令施行後の被控訴人と訴外中との本件買受土地の売買の効力となんら関係のない規定である。又被控訴人主張の平和条約第一九条(d)項の規定は占領中有効であつた行為は平和条約発効後も有効であり連合国民を右有効であつた行為について民事上刑事上の責任を問わない旨の規定であつて、右規定は外資委員会の認可を得ない無効な本件売買を有効とするものではない。

(4)  控訴人は被控訴人と訴外中との本件土地売買契約は本件土地につき賃貸借契約が存在しないことを条件としていたから控訴人が本件土地につき賃借権を有する以上右売買は無効であると主張するが、仮に右のような付款があつたとしても、後記認定のように控訴人が本件土地につき賃借権を有していた事実は認められないから、右主張は採用できない。

(5)  ≪証拠省略≫によつても、原判決認定の追認がなされた事実の認定を補強することができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(6)  控訴人は、被控訴人が追認によつて所有権を取得したとしても登記がないから所有権を対抗することはできないと主張する。しかし後記認定のように控訴人は本件土地の占有につきなんらの権原を有せず登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有するものといえないのみならず、当初から実体的有効要件を欠くため無効であつた登記につきその後右登記面に対応する実体関係が存在するに至つたときはその時以後右登記は有効となるから、被控訴人の本件買受土地に対する登記は追認のあつた昭和三二年五月二九日以降有効な登記となつたので、控訴人の右主張は採用できない。

二、控訴人が昭和三〇年二月二日訴外林本川から本件土地上の同訴外人所有の本件建物を買受けその所有者となり同月三日その旨の所有権移転登記を経由したこと、そして本件土地を占有していることは当事者間に争いない。

そこで控訴人主張の賃借権の有無について検討するに、≪証拠省略≫によると、本件買受土地は終戦当時訴外甲子不動産株式会社が所有していたが、右訴外会社は閉鎖機関の指定を受け日本銀行の管理下に置かれていたところ、戦前から右土地を借受けていた訴外中一男が昭和二三年二月五日これを買受け所有するに至つたこと、そして右訴外甲子不動産株式会社の関係者である訴外斎藤銀次郎が終戦後から本件買受土地等が処分された昭和二三年始めまで本件買受土地を含む右訴外会社の所有地を管理していたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。しかして≪証拠省略≫によると、訴外林本川は訴外中が本件土地を買受ける以前から本件土地上に建物を建て本件土地を占有していたこと、訴外林は訴外中に対し本件土地の使用につき金員を支払つていたことが認められると共に、訴外林本川は本件売買土地を管理していた訴外西垣勘三郎から本件土地を借受けその後所有者となつた訴外中に支払つていた前記金員は賃料として交付していたものであるとの≪証拠省略≫がある。しかし右各証拠は、訴外西垣勘三郎は管理人でもなくまして賃貸する権限は有しなかつたものであり前記金員は税金支払のため受領したものであるとの≪証拠省略≫に照すときは、信用することができず、その他訴外林本川が訴外中に対し本件土地につき賃借権を有したことを認めるに足る証拠はない。又控訴人が本件建物を買受け本件土地を占有するにつき訴外中の承諾を得たと認めるに足る証拠もない。

そうすると控訴人は本件土地をなんらの権原なく占有しているものといわざるを得ない。

三、控訴人の被控訴人の土地所有権に基づく本件建物収去、本件土地明渡は権利の乱用であると主張するが、前記認定の事実関係の下では被控訴人の主観的意図を問うまでもなくその明渡請求が権利行使の範囲を免脱したものとは認められないから、右主張は採用できない。

四、してみると、控訴人が本件土地を占有する権原がなく且つ被控訴人の土地所有権に基づく明渡請求は権利の乱用でない以上控訴人は本件土地所有権者である被控訴人に対し本件建物を収去して本件土地を明渡すべき義務があると共に被控訴人が本件土地所有権を取得した日の翌日である昭和三二年五月三〇日から右建物収去土地明渡済に至るまで賃料相当の損害金を支払うべき義務があるわけである。そして当審鑑定の結果によると、本件土地の適正賃料は昭和三二年五月三〇日から昭和三三年一月末日まで一ヶ月金八、七五〇円、同年二月一日からは被控訴人主張の金九、九八六円以上であることが認められるので、控訴人は被控訴人に対し昭和三二年五月三〇日から昭和三三年一月末日まで一ヶ月金八、七五〇円、同年二月一日から本件建物を収去し、本件土地を明渡すまで一ヶ月金九、九八六円の割合による遅延損害金を支払わねばならない。

したがつて被控訴人の請求は右認定の建物収去明渡しと損害金の支払とを求める範囲内で正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。

五、よつて原判決を右のとおり変更し、民事訴訟法第九六条第九二条但書第一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加納実 裁判官 加藤孝之 村瀬泰三)

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